WDWに行く人に聞かれるたびに少々面倒臭くなる質問がある。
「ディズニーワールドって、東京ディズニーランドより大きいの?」そのたびに答えるのが「WDW」が「フロリダ」にあるということ、敷地が山手線周囲の1,5倍ほどもあること、その中にある「マジックキングダム」が東京ディズニーランドと同じようなものであること、テーマパークが9つありゴルフコースが4つ・リゾートホテルが、あーーー面倒くさい。結局どれだけ説明しても「想像がつかない。」の一言で片付けられる。そこで提案。
「自分でWDWに行きましょう。」
もともとディズニーランドが好きだったこともあり、5年前の新婚旅行のさい妻が「WDW」に行きたいと言い出した時は喜んで出発した。そうして初めて行った「WDW」のあまりの規模の大きさに圧倒され、あまりのサービスの徹底振りに感激し本当の意味の「魔法の王国」を味わった。それ以来その時の感動が忘れられず、きっとまた来るぞと誓ったのだった。 職場で約1週間の休暇が取れるようになったことに伴い、迷わず「WDW」行きを決めた。問題がなかったわけではない。4歳と2歳の子供ができたが、連れて行かなければならず、家族4人で海外旅行をすることができるのか不安がよぎった。さらに、この際海外旅行の経験がない両親を一緒に連れて行くことにしたので、慣れない者4人を連れての海外旅行になったのだ。
2001年夏にツアーを予約しパスポートも取得し、いよいよこれからという時にアメリカであの衝撃的な大惨事が発生した。「魔法の王国」があるはずのアメリカがとんでもない不幸に見舞われた。犠牲者の方達のことを思うとこのまま旅行などできようかと迷った。しかし、2ヶ月を過ぎ復興に向け突き進むアメリカの様子を見ながら、アメリカのためにも自分自身のためにも、ツアーを中止したくないと思った。そう思えるようになった大きな力の源が、インターネットであり、ここ「なごやんハウス」である。
これから始まる旅行記の登場人物を紹介しよう。
| 「ひろゆき」 | 30歳代 男 作者本人。サッカーが好き。 | 「やすみん」 | 30歳代 女 作者の妻。ティガーが好き。 |
| 「ゆう」 | 4歳 男 長男。グーフィーが好き。 | 「ぺー」 | 2歳 男 次男。新幹線が好き。 |
| 「たつ兄い」 | 60歳代 男 釣りが好き。 | 「まさえ」 | 60歳代 女 料理づくりが好き。 |
以上6人が繰り広げた珍道中を少しずつ書いてみよう。
いざアメリカへ 2001/11/24
成田を今回の出発地としたため、地方から行くものは前日に成田入りしなければならない。全日空ハローツアーでの旅程であるから、成田での宿泊はもちろん全日空ホテルである。家族6人はこれまで誰一人成田に来たことがなかった。だから、成田空港に入るのに検問があり、身分証を毎回見せるなどということは全く知らない。「ひろゆき」は6人分のパスポートを持ち航空券を持ち、ビデオカメラを持ち一人で気を張っていた。前日である11/23日はホテルで早く寝ることを心がけた。6:10起床。興奮したのか余り眠れず思ったよりも早い目覚め。子供達を起こすと、すっきりとした顔をして気持ちよく起きてきた。隣の部屋で寝ている「たつ兄い」「まさえ」に声をかけるとすでに起きており、早速朝食をとりに1階へ向かう。6:55レストランに入った。バイキング形式であるため、まず「やすみん」が子供達の食べ物を取りに行く。すぐさま「ひろゆき・たつ兄い・まさえ」も欲しい物ばかり皿に載せてテーブルに帰ってきた。一応これが日本で最後の食事になる。米は食べておいたほうがいいだろうか。
8:10チェックアウト。ホテルから無料送迎バスで成田第2ターミナルへ。ここでも検問に会う。8:37空港に到着。特大のスーツケース2個、キャリングバッグ1個をころがしながら6人一行は団体チェックインカウンター(Z)に入った。先ずここで大きな荷物3個を預けた。全てX線検査でチェックされる。搭乗手続きも行ったが、ここでの説明が意外とあっさりしていた。少しうれしかったのだが、このことがあとで後悔することになる。「たつ兄い」はウェストバッグが欲しいらしくここで買っていた。後で聞くと腕時計まで買っていたらしい。
9:20出国審査に入る。比較的少ない列を狙ったが、20人は待っている。順番がやってきた。子供も両親も初めてなので、「ひろゆき」が6人分まとめて行おうとしたら審査官が一言「次からは、一人でできる人は一人で行ってください」と。もっともである。今回だけだから許してくれ。9:40には「A63」ゲートに到着した。「ゆう」も「ぺー」も飛行機が大好きなので、外を眺めているだけで時間が過ぎていった。
10:40
いよいよ機内に案内される。ここからが海外である。座席は58J・K、59J・K、60H・Kの3列。 11:10NH004便はタキシングを開始した。「ペー」は眠そうな顔をしている。ビデオ撮影はできないので、空港の様子を一生懸命に脳裏に焼き付けようとした。轟音の中タイヤが浮いた。11:35離陸。「ぺー」はすでに眠っている。それから10分もしたら「ゆう」も眠ってしまった。遠くに富士山が見えた。
13:10
機内食が出たが「ゆう」はまだ眠っているので起こさずにたべた。13:50「ゆう」がすっきりと目覚め機内食を口にした。「ゆう」はその後全く眠らない。搭乗して7時間後、おにぎりのサービスがある。「ひろゆき」はこれが2度目の機内食だと勘違いしていた。 日本時間で20:10ようやく照明がついた。「ゆう」はほっとした様子。20:30に本当の機内食が出た。
アメリカ時刻で7:45シカゴに到着した。そこは雨。着陸前は空港が渋滞しているとかでしばらく待たされた。その間40分の揺れたこと揺れたこと。「ゆう」は今ごろになって眠っている。
8:10入国審査。ようやく眠れた「ゆう」を起こしたので泣き叫ぶ。列は長く続いていたが、一番端の審査官が優先してくれた。子供が泣き叫ぶので冷静に対応もできず、審査官の顔が非常に迷惑そうな表情だった。後で聞いた話だが、アメリカでは外で子供を泣かせていると、たとえ親でも児童虐待で逮捕されることもあるらしい。ひやひやものである。バゲッジクレームでは荷物が最後に出てきたので、当然税関を抜けるのも最後。UAカウンター付近に着いたころには、出口付近でツアーガイドが大声を出している。
ツアーガイドは「森本」という女性。近頃議員になった田島先生のような強気な人で、とにかく口うるさい。とてもサービスを受けている気にはなれなかった。シカゴでは到着が遅れたせいで急がなくては間に合わない。Cコンコース19番に進み、搭乗時間を待つ。搭乗の際の手荷物検査にまたも時間がかかり、ぎりぎり乗り込むことができた。しかも、また最後だった。成田での説明が十分でなかったので、いっしょに乗り継ぎをしたハローツアーのメンバーは一様に疲れた様子。
9:40定刻で離陸。シカゴ上空は荒れていて、1時間ほどは揺れっぱなしだった。こんななかでも「ゆう」と「ぺー」は眠っているのだから、尊敬してしまう。
13:10オーランド時刻でようやく到着。ハローツアーのヨーコさんに会えた。このガイドさんのやさしかったこと。「ぺー」は早速トイレに駆け込んだ。我が家のメンバーはこの旅で人を待たせるばかりである。荷物を受けバスに乗り込んだ。ツアー客はいろんなホテルに滞在するようで、それぞれを送るためまるでホテルめぐりだ。「ハードロック」「グランドフロリディアン」「オールスター」と廻り、ようやく15:30に「ボードウォーク」に到着した。
憧れの「ボードウォーク」の入り口に立ち感激である。ポーターが私たちの荷物を運んでくれた。「ゆう」も飛行機で眠れたからか、調子が戻ってきた。ヨーコさんがあらかじめコネクティングルームをチェックインしてくれていて大変助かった。3階の「5303」に「ひろゆき・やすみん・ゆう・ぺー」が、「5305」に「たつ兄い・まさえ」が入るが、コネクティングだから、ドア1枚で部屋がつながっている。部屋でヨーコさんからWDWの説明を聞くが、もう心ここにあらず。子供達は素直なもので、「お散歩に行こうよ」と言っている。ヨーコさんは笑顔で退散してしまった。
16:30さっそくEPに出発する。ホテルのロビーからすでに板張りであり、ツリーが飾られている。とにかくきれいである。その名のとおりボードウォークを6人で歩く。オーランドの午後の風は、ホテル前の湖面にあたりとても気持ちがいい。さっきまでの疲れがうそのようになくなっている。「たつ兄い」と「まさえ」もとても元気そうで助かった。EPの入場時に手荷物の検査があった。ヨーコさんに聞いていたので、戸惑うこともなくスムーズにでき、パスで入場した。よそのホテルに泊まる人などは、EPに正面以外の入り口があることを知らない人も、いるのではないだろうか。いわゆるEPの勝手口から入場したその場所は「イギリス館」と「フランス館」の間。そこから「フランス館」の方向に廻った。気のせいか、5年前の記憶よりもゲストが少ないように感じた。しかも感謝祭ウィークエンドのはずであるのにだ。そこらじゅうからリスが出てくるので、「ゆう」も「ぺー」も大喜び。ラグーンにいるカモ達にも一生懸命声をかけていた。
「日本館」の前では「たつ兄い」と「まさえ」がお城を見ながら、「あれはどこのお城」などと言っている。「ひろゆき」が「姫路城だろう」と適当に答えたが、正解だろうか。「アメリカ館」前には屋根つきの屋外ステージでクリスマスコンサートが行われていた。フルオーケストラとコーラスにより賛美歌が演奏される様子を見ていると、一気にクリスマスの空気に飲み込まれていく。振り向けば「アメリカ館」の議員会館てっぺんに掲げられた星条旗が、ゆったりと風に応えてたなびいていた。数時間前の移動の辛さなど、はるか昔のことにさえ思えてくるから不思議である。
アメリカで最初の夕暮れがやってきて、月がオーランドの夜に昇ってきた。「ゆう」はお腹が空いたといい始めた。今日の夕食をここEPでとる事にして、レストランは「やすみん」の希望で、「ノルウェー館」に決定した。久しぶりのアメリカでの食事。どうやって注文し、どうやってお金を支払っていたのだろう。5年前を思い出しながら、恐る恐るレストランに入る。幸いウェーターさんが優しく、こちらの気持ちを察してくれ、声をかけてくれる。「たつ兄い」と「まさえ」は「ひろゆき」のあせった気持ちを知っているのか、とてもリラックスしている。どうせ言葉なんかわからないと開き直っているようだ。ビュッフェスタイルだったので、それぞれが気に入ったものをテーブルに持ち寄り食べた。サーモンはうわさどおり少し塩辛く感じたが、それなりにおいしかった。子供達は食事前の塗り絵に夢中になっていた。支払いの方法が初め思い出せず、ウェーターさんに聞きながら何とかお店を出ることができた。
「ひろゆき」は思ったよりも英語が聞き取れなかったことで、内心今後が心配になっていた。しかし、みんなにはとても言えず、全てわかっているような顔をしながら再びEPを闊歩するのだった。「たつ兄い」と「まさえ」は、「ひろゆき」が英語をぺらぺらにしゃべっていると思っているのか、心配した顔もせず、にこにこついて来るのだった。時々見かける風船を見つけて、「ゆう」が、欲しい欲しいと言っている。いろいろ探したかったが、とうとう発見できず明日また探すことにしてホテルに帰ることにした。ラグーンをちょうど一周して、今度は小型ボートに乗って「ボードウォーク」に帰った。夜のボートは「ビーチ」「ヨット」「ボードウォーク」それぞれのライトアップを見ながらの素敵なミニ旅行である。
20:30
風呂に入ったら、立ち上がることもいやになるくらいの睡魔がやってきて、そのまま眠ってしまった。
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ペーのお風呂
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ボードウォークで
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家族
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お部屋
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