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2003年12月27日〜2004年1月3日までのWDW旅行 その7


この旅行記の登場人物

私:takayo
このレポの作者1960年代生まれ、海外旅行とDISNEYが好き
4歳年上、私と結婚してから、初めて海外に出かけた
8歳、小学校2年生、パスポートは2冊目
Yさん
♀ 夫の大学の同級生、DISNEY好きで今は私の友人

 


<最終日>

 1月2日(日本時間1月3日) 朝、4時20分に目が覚めました。もう今日は帰らなくてはなりません。家族はまだ寝ていたので、水周りや小物など、小さなものを少しずつ荷造りし始めました。夫と初めて海外旅行に行った1990年にラスベガスからロスへの移動日の前日、私が先になんにもせずに寝てしまって、夫が夜明けまでかかって荷造りしたことをいつまでも言われるので、ちゃんと荷造りには前向きな姿勢だけは見せておかなくては・・・5時になったので、夫を起こして、そろそろ荷造り始めようと言いました。いつもの深緑のサブバッグを持ってきていたので、衣類など、壊れないものを詰めていく予定でしたが、 夫のパッキングが毎度のことながら上手で、お土産もきれいに収まりました。

 

 6時になったので、娘を起こすとすっごく機嫌が悪くって、ぐずっています。そんなに早く出たくないとか、まだ顔も洗ってなし、歯も磨いてないとか、うんこもしてないし、出ないしとぐずぐずぐずぐず、半分泣いているし。。あーーっ、まだ子どもを連れて出かけるのは早かったかと、いまさらながら娘の7回目の海外旅行でもまだ感じるこの難しさ・・・まあ、でも眠かっただけで起きてしまえば、のどもと過ぎればなんとやらで、着替えて荷物をまとめ始めたので、ま、いいっかー。6時20分にYさんに電話をして、一緒にチェックアウトにフロントまで行く。フロントでは、昨日のチェックアウトでおおむね終わっていたので、一泊分のデポジットとの差額がカードに返ってくることを確認して少し安心。荷物があるので、どうしようかと思っていたら、カートを使うかと聞いてくれて、英語があまり聞き取れなくって困っていたら、隣から日本人の現地ガイドさんが通訳してくれて、無事にカートを借りることができました。早朝から日本人観光客をホテルまで連れてきた様子で、結構年いった女性でしたが、堪能な英語ですっごくかっこよかったです。こんなに話せたらいいなー。。

 

 さて、運転(操作)しにくいカートを引っ張って、ホテルの部屋まで戻って、スーツケールを積んで、カーブを曲がりきれないカートを無理無理Yさんが豪快に引っ張って、なんとか一階まで降りていきました。エレベーターへの角がなんだか狭く感じて、ヒーハー言いながら、4人で玄関まで荷物を引っ張っていきました。これで、このホテルともお別れです。早朝の湯気が立つプール。朝露でしけった芝生ともお別れです。7時5分前でしたが、見慣れた黒い車が玄関前に停まっていました。ティファニータウンカーです。お迎えの運転手は往路と同じ人で、トランクに荷物を積んでくれました。きちんとお迎えがきたので安心しました。夫がまた、間違えて助手席と思って運転席側に行くもんだから、またーってカンジでした。後部座席は左側に娘。右側にYさん。日本の自動車メーカーの話で盛り上がり、タウンカーの運転手さんの車がトヨタのセリカで、子どもがホンダのシビックかなんかに乗っていて、日本の車はすばらしいって言ってました。ここで、日米間の経済について語るとは・・・しかし本当に日本の企業はがんばっているんだなー。運転手さんがどこの航空会社から乗るのかきいたので、ノースだよーって答えて、空港について、荷物を降ろしてもらって、運転手さんと一緒に写真を撮って、5ドルのチップを渡しました。本当に、今回のティファニーは、いろいろとドキドキしたけど、結果は非常にGOODで、助かりました。HPなどでの情報提供ありがとう、なごやんさん!!! 次回もチャンスがあれば、絶対ティファニーだよなー。さすがに最初に7時30分を指定しただけあって、早くに到着しました。

 

 7時35分頃、チェックインのために列に並んだのですが、本当にここでいいのかどうかちょっと迷ったので、日本人の他のツアーの添乗さんに、夫に聞いてもらいました。英語に自信があれば、CP画面でのチェックインが早いからと教えられましたが、まあ英語のわからん日本人なので、素直に列に並んでチェックインを待ちました。日系のきれいな女性にスーツケースにheavyのタグをつけてもらって、出国審査はあっちの方と説明を受けて、移動することに。ディズニーストアで、最後のお買い物。英語の先生に赤ちゃんが生まれる予定だったので、ベビィーミッキーを購入、他にチョコレート菓子を4個追加した。職場の土産につぶしがきくだろう。まだ、クリスマスツリーも来た時と同じようにきれいに飾ってあるままで、日本との違いを感じた。

 

 朝食をどこかで摂ろうということになって、モノレールでターミナルを移動して、マイアミグリルというところで朝食。もう現金がなくなったので、5ドルかそこらのハンバーガーとでっかいクッキーのようなものをカードで買ってきてくれた夫。私に買いに行ってこいといわれたけど、疲れていたので、英語でモノを頼むがおっくうだった。Yさんとカウンター前の列に並んで、薄いコーヒーも買ってきてくれた。私は残ったクッキーなど、往路でもらったケーキなどの残り物もここで処分する。ドリンクバーの水の出るところがわからなくって困る。9時半ごろまで、この椅子の妙に高い席でくつろいで、のんびりして、マンウオッチング。中国人の裕福な家族が朝食をとっていたり、黒人の家族が朝食をとっていたり、多国籍で結構楽しいな。みんなそれぞれクリスマス&ニューイヤーホリディをENJOYしていたんだなー。

 

 またもや、出国審査で夫は靴まで脱がされてチェックされる。年始で、混んでいるかと思っていたが、さほどでもなくほっとした。国内線は、私たち3席と通路挟んでYさんと座った。10時05分発427便でデトロイトへ。機内で少し日記のメモをして、後はうたた寝していたら、すぐにデトロイトに到着。デトロイトでは、行きの大急ぎの乗り継ぎとはうって変わって、十分に時間があったので、のんびり降りてモノレールに乗って、少しショップなどを覗いたが、機内食が出るまで離陸してから一時間以上かかるから、簡単に腹ごしらえしようと、搭乗口の近くのレストランに入ってbeerなどを飲むことにする。変わりばんこにトイレを済ませているときに、この便のオーバーブッキングのためにボランティアを募集してた。明日の便になるが、本日のホテルと4万円の相当のクーポンだよ。。。もう気もそぞろになってしまったが、娘がどうしても今日帰りたいというし、夫も帰ってすぐに出勤するのはつらいというので、こんなチャンスはめったとない!!って気負った私ははぐらかされて、いきなり元気を失った。グリルでミラーライト2杯とオレンジジュース、何かつまみをと思うが、なかなかメニューがうまく読めない。近くの女性が食べていたラップサンドがおいしそうだったので、サーバーのおばさんにアレは何?って聞いたら、ベジタブルと教えてくれたので、それを頼んでみる。すると、中がすっぱい野沢菜漬けみたいなモノで、ちょっと日本人の口には合わない味でした。でもものめずらしさが手伝って、一皿を食べた。付け合せのポテトは娘に。

 

 12時50分の出発に、45分頃のんびりトイレなどを済ませて搭乗に行くと、早く早くと係員に催促される。まあ、座席についてもそんなにすぐには離陸しないからさーってタカをくくってギリギリに乗ったが、案外あっさりと出発した。今回は映画も食事もお酒もそんなに期待してなかったので、後ろのほうの席で娘を真ん中にして座って、私はほとんど寝てしまった。食事の間はちょくちょく起きて、持ち帰れそうなものをかばんに入れたりしていたが、娘もあんまり食べずに、ほとんど爆睡していた。Yさんと夫はそこそこbeerやスコッチを飲んでいたようだったが、私は本当に疲れこけていて、帰りの機内は今までで一番よく眠れた。 名古屋着は18時ごろで、荷物もスムーズに出てきて、Yさんの分もカートに一緒に乗せて税関を通過した。Yさんの旦那さんが迎えに来てくれているということで、新しいデジカメを夫もYさんの旦那さんもお互いに向け合っての遭遇。Yさんが奥さんに変身した一瞬でした。Yさんの旦那さんの車まで、スーツケースを持って移動。なんとか荷物を積み込んで、JR勝川駅まで送ってもらう。エレベーターが無くって非常につらい状態だったが、夫が国際電話代が1万円かかっちゃったから、その分タクシー代を浮かせなくては、私の機嫌が悪いのが直らんといかんでと言って、Heavyのスーツケースをぎっくり腰になりそうなすれすれの状態で、ホームの移動のために階段を登るのであった。JRで多治見駅まで行って、さらにスーツケースを階段で移動させて、(途中何度も休みながら)なんとか改札を出た。もちろん節約のため、娘の分は払わなかった。小さいことがよいことも多い。駅前から、迷わずタクシーに乗って、私の実家へ。サニーにスーツケースを詰め込んで、実家で少しおせち料理などをよばれて、**の自宅へ帰宅。

 

 夫はbeerを飲んだので、私が運転。飛行機の中でよく眠らせてもらったので、このくらいはサービスせんとねー。正月明けで9時ごろだったが、となりのうちに頼んでおいた新聞や年賀状を頂きに伺う。日本は寒い冬の真っ只中だった。まあ、暖かいほうだったけどね。翌日は、荷物の片付けや部屋の掃除、食料の買出しや、翌日からの出勤の準備で結構忙しかったから、やはりデトロイトでボランティアに応募しなくってよかったかも。

 

<今回の旅行に関して>

 1999年に初めて、娘が3歳のときに行ったWDWにもう一度行きたくって、長いこと情報収集をしたり、WDW好きなお友達にあったり、本当に本当に今回の旅行は長年の夢でした。ところが、年月が過ぎると確実に人間は年を重ね、赤ちゃんの海外旅行をテーマに楽しんできた我が家には既に赤ちゃんはいなくなり、働き盛りの日本人にありがちな、年功序列制度に巻き込まれた仕事への責任や昇級などで、本当に家族として過ごす時間の短さを感じているこのごろです。遠いところへ出かければ、出かけるほど、楽しさは増すというトリビアを見出している我が家は、今回の旅行はまあ、かなり遠い部類に入るので、楽しい事はもちろんでしたが、私的には非常に体が疲れました。時差と寝不足の上に、パークに行ったら遊ばなくてはならないので、日程はぎっしりですもの。このところ、基礎代謝が落ちて、50キロをオーバーしがちな体重が、50キロを割って帰国できたことが、ハードな一週間をあらわしています。

 

 かなり準備をしていったつもりでしたが、やはり情報不足、準備不足がありました。モノレールの先頭車両への乗り方や、シンデレラロイヤルテーブルのときの娘のドレスや、食事をする場所の検索や、ショウやパレードの下調べ、アトラクションのチェックや、カウントダウンのことなどなどなどなどなどなどなどなどなど、、、、またまた積み残しを考えるときりがありませんが、とにかくこの疲れ具合の印象から、もうしばらくは行かなくてもいいわーっていうのがホンネです。しばらく、日程的にも金銭的にもきついからってのもありますし。今回は同行者として、Yさんの参加があったので、家族だけでの旅行とはまた一味違った楽しさがありました。夫も飲み仲間の参加によって、BEERがいっぱい飲めたし、子連れのフットワークの悪さをカバーしてもらえたり、夫とミッションに二人で乗せてもらえたし、かなり気持ち悪かったけどさ!Yさんにとっては、新年を大切な家族と過ごすことができなかった上、我が家に行動を合わせなくてはならなかったストレスも多く、ご迷惑をおかけしっぱなしでした。特に余分に夫から怒られたりして、理不尽なことに巻き込まれたりしてね。私と夫の仲が悪かったことも原因ですが。本当にいろいろとごめんなさい。そして、今回の旅への参加、どうもありがとう。いろんな場面でワリカンにしてもらえたので、金銭的にも助かった我が家です。

 

 娘は1歳の頃から、私の趣味でパスポートを持たされ、海外旅行に連れ出されてきましたが、この赤ん坊との海外旅行という課題もひとつの終結を迎えた感があります。 2004年には既に小学3年生で、自分の身の回りのことはかなりできるようになったし、一人の旅行者として自分の楽しみを見出すことができるようになりました。今までは、家族の海外旅行というと、忙しい我が家では、空港での待ち時間も家族と過ごせる楽しい時間になったし、唯一家族の顔を見て、一緒に過ごせる濃密な時間の共有がテーマでした。言葉も通じないし、通貨も違うので、知らない世界で頼れるのは家族(私の場合は夫)のみってカンジがよかった(beer一本買うのも苦労したり)のですが、夫婦も年季を重ねて、子どもも大きくなると、また楽しみ方が違ってくるのかもしれません。娘がお腹にいた時に行ったシドニーのオペラハウスから始まって、(妊婦の記念にカンガルーのぬいぐるみをお土産に買ってきた)暑いグアムでビキニを初めて着た娘。HRCで食べた肉の香辛料にむせて、涙を流していたなあ。今、考えると無謀な親だった。レンタカーの中は、暑かったし・・

 

 シンガポールでは、あまりに娘の抱っことおんぶに疲れて、デパートのフロアに倒れこんだわ私。往復のシンガポール航空は本当に快適だったし。 パースのピナクルズでは、砂遊びをしていた娘。ピナクルズへのツアーバスも現地で申し込んだので、ドライバーの英語での解説が全然わからなかったけど、娘をちょろかして遊んでくれたなあ。初WDWでは、毎日の忙しいお出かけに嫌がって、DTDへの買い物の日にベッドにうつぶして泣いて、結局雨模様の寒い日にプールに入ったなあ。 ドイツの街中で、移動遊園地のメリーゴーランドに乗せるっていう長年の夢がかなったし。ディズニーランドパリでミケとも写真がとれたし。ベガスでは、なごやんさんにいただいた天使のメガネで、サイケデリックな夜景を楽しめました。FAO Schwalzで夫とはぐれて、めちゃめちゃ怒られたしなー。ニュージーランドでは、羊の毛がくさかったよねー。たくさんの自然を堪能できたし・・・思い出はつきません。今回のWDWに関しては、最初に提案してくださって、背中を押してくれた札幌のよっぴーさん(3月29・30日と札幌でお会いしました)、たくさん情報を提供いただき、初めての手配旅行のお手伝いをいただいたなごやんさん、本当にどうもありがとう。 そして、同行してくれたYさん。新年を実家で過ごさなかったことを許してくださった夫の実家の両親。どうもありがとう。いつも私のイライラを受け止めて、自分の運命をしかたなく受け入れているひょうひょうとした夫と、最愛の娘に感謝してこの旅行記の幕を閉じます。これを最後まで読んだ人は、本当にお疲れさまでした♪        2004年4月10日

 

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